日本の野球独立リーグで審判を務めながら、米国プロ野球の審判になることを目指して渡米しました。しかし結果は不合格。再び挑戦する道を模索していた中、コロナ禍によって長年追い続けてきた夢を断念することになりました。
そんな人生の転機となる時期に、縁あって宮本代表と出会い、介護士として新たな一歩を踏み出しました。
その後、宮本代表のSNSプロデュースをきっかけにSNS事業にも携わるようになり、現在は介護の仕事だけでなく、経営者の方々のSNSプロデュースやペットフード事業の事業責任者としても活動しています。